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自転車&オートバイ


by habayoshi2
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<   2007年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

激務と酒浸りの日々も残すところあと1週間です。
自転車にもまったく乗れていません(涙)

【4th バイク】
《限定解除》
友人が大型に乗り始めると、やはり気になります。
気がつくと、八王子の限定解除の“練習場”に通っていました。
(当時、大型の教習場は存在しておりません)

府中の検定コースをそのまま再現した練習場で日々練習です。
半月ほど通って、いよいよ試験に向かいます

1回、2回、3回....と予定通りに落ち続けます(涙)
試験場で一番大切なのは、走りのメリハリ
ガバッとあけて、ギュッと止まる。これが大切!
ちんたら走っていては受かりません。
5回目にしてようやく合格!
これでなんでも乗れますよ~

前置きが長くなりましたが、こいつを買っちゃいました。


《YAMAHA SUPER TENERE 750》
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いわゆる、パリダカバイクです。
同じジャンルにHONDAのAfrica Twinもありましたが
あのモッサリデザインは受け入れがたいものがありました。

SUPER TENERE 750は結局国内販売はされませんでしたので
いわゆる逆車とゆうやつです。

エンジンが前衛的で、YAMAHA得意のジェネシスエンジン載せています。
前傾45°5バルブ ツインエンジンはオフロードというよりは、上質なロードバイクです。
高速道での余裕の180km/h巡航 ピレネー山脈を越えて走るコンセプトは疲れを知りません。
いまでも、BMW以上のツーリングバイクだと思います。


欠点は、異常に高いシート高とタンク容量26Lがもたらす高重心です
おかげで、こいつほど立ちゴケしたバイクはありませんでした(涙)
オイル交換も4L以上喰うのでえらく維持費がかかります!

無謀にも多摩川の河原に下りれば、土手に上れなくなりトライアルの方に助けてもらったり
なにかと思い出の多かったバイクです。


【5thバイク】
ビッグオフローダーで目覚めたオフへの道を進むべく
もっと軽く、早く走れそうなバイクを~!
(走れそうなだけで、腕はついてゆきませんが)

そんな時にいいバイクが登場しました。


《YAMAHA TT-R250》
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あれ、これはレイドじゃないのと思いましたか?
実は、すり抜け中に車に激突、フロント大破!
保険のお金で、ヘッド廻りとタンクをRaid仕様へ換装してあるんです。

TT-RとRaidは見た目は同じ雰囲気ですが、スイングアームの素材が違ったりと
Raidはこまごまとコストダウンがはかられているんです。
事故成金ながら、これが完璧なRaid仕様だと自己満足の一品でした。

SUPER TENERE 750からの乗り換えなので当然ですが
とにかく軽い。
そしてエンジンが秀逸です。アクセルワークにリニアに反応する
レスポンスのいいエンジン
パパパパーンと飛ぶように加速します。

TT-Rとは7年近くの付き合いになりました。
途中、ぜんぜん乗らずにキャブを腐らせたこともありましたが
ぜひもう一度販売して欲しいオートバイです。
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by habayoshi2 | 2007-12-22 13:51 | オートバイ
寒いですね!
いつもの年末はいつものんびりと過ごせるのですが
今年は、公私ともに大忙しです。

さてさて、ここからようやくMy Bikeの登場です。

【1stバイク】
高校生のわたしは普段はバイトをしていませんでしたので
春、夏、冬の休みの時期に小遣い稼ぎです。

ようやくためた、10万そこそこを握りしめ買ったのがこれ!

《ヤマハ champ50》
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(買ったのは白・黄です)

ってやっと買ったのが原チャリです(涙)
でもでも、やっぱりとってもうれしかったです。

いままで乗ったバイクの中では一番あっちこっち走りに行きましたね
当時、走り屋が猛威を振るっていた大垂水峠や(ほとんどギャラリーですが.....)
正丸峠などなど 高校生のわたしにはミラクルな乗り物でした。
その頃の原チャはノーヘルOKでしたし毎日あちゃこちゃ走りまくりです。

チョットお金のある友達は、HONDA CBX400Fなど買っていました
CBR400FやFZ400、Ninja 400など国内F3のベース車両が元気な時代でしたので
CBXはチョットばかにされてもいましたけれど、その後あんなにプレミアが付くなど
その頃は想像も出来ませんでしたね。



【2nd バイク】
二十歳ころまではチャンプに乗りつつ、普免よりも先に中免を取ったりと
準備は着々と進めておりました。
(先に普免取ったほうが、トータルでは安上がりだったんですけどね)

ようやく、中型の資金もたまり何を買おうかな~?と妄想の日々
友達のTZR250やGSX-R400なども乗ってみたのですが
どーも吹け過ぎるエンジンはフィーリングにあいません。



たまたま借りたTW200、これがビビッときました!
その頃はただのタイヤのでかいオフ車で、その後のスカチューンブームの主役になるとは。
世の中わからないものです。
でも買ったのはTWではありません。



YAMAHAの名車
《SR-400》
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私が買った頃はまだFブレーキはドラムです。

人気がなく、安かったのも理由ですがなんといってもビックシングルの鼓動にあこがれたわけです。

乗られた事のある方はお分かりかと思いますが、意外とこいつのスタートダッシュは
早いんです!
下手なレプリカには勝てます。

お約束のデコンプで上死点をだしてのキックスタートもこれから走るぞ~
という気持ちを高めてくれます。



【3rd バイク】
じつはSR買うときに気になるのがもう一台あったんですけど
メーター廻りがダサいなーと見送っていたのがありました。

しかしそいつがマイナーチェンジし、メーターが砲丸型に変わり
一気に心がグラグラグラ~と.......

そうなるとSRの悪いところを探し始めます。
・夏は熱ダレヒドイシ
・振動が大きいし(オイ)
・キック始動だし(オイオイ)


そんなこんなでこいつです
そうお気づきですね

《KAWASAKI  ZEPHYR 400》
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そう西風です、男カワサキです、空冷4発です。
初めてのディスクブレーキ、高級感あるシート、ノーマルだけど集合管
感無量です!

少しノイズのあるカワサキ インラインフォーは独特のエンジン音です。
ちょうどそのころ、友人達も次々と限定解除(今や死語?)し
ZEPHYR 750とおそろで走っていました。

すでに社会人となっていた私のバイク病はさらに驀進してゆきます。

つづく
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by habayoshi2 | 2007-12-16 17:23 | オートバイ

青山の黄色・青梅の赤

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生足はもうさむいっス
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by habayoshi2 | 2007-12-03 00:34 | 自転車
BMを売ったので一度私のバイク半生を整理してみます。
R1100Sはちょうど10台目の愛車だったんですよ
思えばよくもまあ買い換えてきたものです。

【オートバイへの目覚め】
80年代前半、世の中はスーパースポーツバイクへの時代へ突入し始めていました。
中坊の私はある日偶然、少年ジャンプの巻頭カラーに載っていたバイクの写真に釘付けになってしまいました。
《YAMAHA RZ350》
本の中のバイクはビシッとハングオンを決めたコーナリング中の写真です。
こんな格好良い乗り物が世の中にあるのか!
かなりのディープインパクトでした。

そして、私のYAMAHA好きもスタートしたのです。

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ジャンプに載っていたのはRZ350:ブルーラインのモデルです
上の写真よりも~っと格好いいんですよ!



【金の無い高校生】
バイクへの情熱はあっても、貧乏高校生では中免取るだけでも大変です。
情熱だけではバイクに乗ることは許されません!
三ナイ運動なんていうものもありましたしね。


世はまさにレーサーレプリカ全盛時代に突入し、H.Y.戦争(ホンダ、ヤマハ)などと言われたものです。
WGPでは、フレディー・スペンサー(別名:ファースト・フレディー)が250・500のダブルタイトルを獲得し圧倒的な速さを誇っていましたね。
何しろ、スタート直後の第一コーナーですでに後続を30m以上引き離しているんですから
人間ばなれした才能でした。
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コーナー立ち上がりのウィリーはお約束です。



私の愛するYAMAHA軍団はまだ当時現役の、ケニー・ロバーツ
(別名:キング・ケニー、キングの称号が似合うのはケニーとカズだけだな)
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No.1プレートが似合います。



キングvsスペンサー
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新旧交代の攻防戦。
たとえて言うなら、シューマッハvsアロンソとゆうよりは千代の富士vs貴乃花の方がしっくりきます




当時は、ライダーの個性で乗り方もさまざまです。
ハングオンの生みの親:キング・ケニー
外脚はずして:ランディー・マモラ
おいらはいつでもリーンウィズ:クリスチャン・サロン

フランコ・ウンチーニもいいライダーでした。(名前もおもろいし)
サーの称号をもつ、バリー・シーンも渋いおじさんでした。

国内レースシーンも、元気です。
当時最も世界に近かった、ヤマハのエース平 忠彦
スズキの水谷さんもウォルターウルフガンマで粘りのある走りをみせてくれました。
特に平さまの86年WGPサンマリノでのGP250初優勝はロードレースを無視し続けていた
NHKでもニュースで報道したぐらいでしたからね!
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当時はTTF1(4st 750cc)カテゴリーがあり、ワークースチームと市販車改造プライベーターのガチンコ勝負が
繰り広げられていました。
しかも、辻本選手が操るヨシムラGSX-R750は市販車改造でありながらワークスホンダを
余裕でぶっちぎる脅威のポテンシャルを誇りまさに無敵艦隊です。
さすがPOP親父は只者ではありません。

そんなすばらしいレースの世界を指をくわえて見ている貧乏高校生でした。
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by habayoshi2 | 2007-12-01 00:59 | オートバイ